叱らない子育てはダメ?勘違い?叱ると怒るの違いを子育てで実感

『叱らない子育て』『怒らない育児』

色々と言い方はありますが、ある層のお母さんたちから圧倒的な支持を得ているというか、何というか。

私も叱らなくて済むなら叱りたくないって、娘を育て始めてから本当に痛感しています。

でも怒らないのは無理だし、しつけの意味でも叱らないのはダメだと思うけど、しかしなぜダメなのか?

一方で一部の教育専門家も推すのはなぜなのか? どこに勘違い・はき違えた部分があるのか?

叱ると怒るはどう違って、何をどうすればいいのか・・・子供との接し方が旦那と違うと気が付いて一度考えてみました。

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叱らない育児てはダメなのか?なんでダメって言われているの?

私自身はどちらかというと叱らない育児をしたい派です。

なぜかと言うと、私自身が頭ごなしに叱られて育ったからです。

それが悪いのかというと、以前も書きましたがどうやら母のイライラのはけ口(しかも無意識)にされていたようなのですが、かなり精神的に参っていました。

親の目がとにかく気になってオドオドしてるし、失敗が怖くてやる前から失敗したり注意されたりする光景が脳裏のよぎって一歩が踏み出せない・・・。

自己肯定力はステータス画面開いてもゼロか、あるいは項目が無いレベル。

自己肯定力ゼロの性格形成の根幹は失敗したりダメなことをすると雷が落ちる勢いで両親に怒られていたこと(と、私の神経質な性格)が原因だろうなぁと、この年になってから気が付いたんです。

だからなるべくなら自分はモジャ子に怒りたくない、叱りたくない、親の目を気にしないでのびのびやりたいことをできる子になってほしいって考えていました。

自分のことを否定しないで生きていってほしいなぁって。

そういう意味で『叱らない子育て』ってとても魅力的だし、声を大にして「叱られるトラウマ作りをしないなんてサイコー!!」って言いたい

言いたかったです。

なぜ過去形なのか。

それはやはり、叱らない子育ての結果を見てしまったというのが大きいのかなと思います。

叱らない子育てってブームになったのちょっと前ですよね。

だからその時期から叱らない子育てをしてきた親子連れを、今現在ショッピングモールなどで見かけるわけですが、とにかくひどい・・・。

子供やりたい放題、親は見てみぬふり。

なにこれ?

これが私が諸手を上げて歓迎していた怒らない育児の結果なの?と思うと、もうね、やる前から失敗が見えてしまった・・・。ダメだこれは。

と思う一方では、尾木ママとか一部の教育関係の専門家は叱らない子育てを推奨したりもしていますよね。

尾木ママ流 叱らない子育て【電子書籍】[ 尾木 直樹 ]

感想(1件)

だから何でダメなのか、どこがダメなのか、あるいはどうやったら大丈夫になるのか?

いったい専門家的には何が良くて、素人がやるとどうしてダメになるのか。

知りたいのはソコなんですわ。

叱らない育児はどう勘違いされているのか?

大抵ですが、こういう事例は何か土台を勘違いしている場合が多い気がします。

ポジティブな話題にもなるのに、「失敗した、アカン」っていうネット情報もある。

第三者からしてみると両極端の情報がお互いにすごい真面目な顔して正当性を訴えてるんですよね。

私の勘でしかないのですが、まず子供にもよるだろうなとは思います。

叱ることが効果的な子とそうじゃない子と。

私がガンガンに叱られて自己肯定力ゼロったのと同じ環境で育っている妹は、存外自己肯定力あります。

同じ環境でも差を作り出すとすれば、それは個人の性格ですよね。

そのうえで、叱るって一体なんなんだろう?ってところなんですね。

実はこれについて最初に疑問を持ったのは大学院時代なのですが、先輩にあることで注意を受けたのですが、私にとってはちょっと注意された程度だったんです。

ところがその先輩にとってはかなりきつく後輩を「叱った」つもりだったらしいのです。

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そのため後日その時の話題になって先輩から「あの時はきつく叱ったよね~」て言われたのですが、私は「え、何のことですか」と話がかみ合わず。

私は怒られる・叱られるというのは正座で怒鳴られることだと思っていたので、先輩から受けた「○○はこうしちゃダメなの、これからは注意して△△にしてね」というのは生ぬるすぎて叱られたとは全く感じていなかったっていうことがありました。

この時、「もしや私がこれまで怒られていると感じていた事象は、世の中レベルで行くと怒られるよりもずっと高難易度なのか?」と思ったのですが、まぁ要は怒ると一口に言っても程度は人によるんだな~って気が付いたって話です。

育児の方へ話を戻してみると、怒らない育児の根本にあるアドラーの心理学では、悪い事(非行など)は親の気を引くためにやっているという考え方に基づいているとのこと。

だから怒ると余計に構ってもらえると思うから怒らない。

つまり、アドラーの心理学に基づいて判断するのであれば、悪いことをすると親が怒ることで自分に構ってくれる!と思わせないために怒らない。

けれども、物事には限度があるっていい年した大人なら分かりますし、そして怒らないからと言ってしつけを放棄していいわけではないと思うんですよ。

大事なことだからもう一度。

しつけを放棄していいわけではない。

これがはき違えの大きなポイントだったんじゃないのかなと思ったんです。

怒らないでやりたいことを子供にやらせて自己肯定力を高めましょう!というのは聞こえはいいですが、子供だからやりたいことがいい事じゃない場合もたくさんあります。

そういう場合に親が怒らなければ、子供は悪いこともやっていいと思ってしまい、そのまま成長していく。

そして私が目撃したような、傍若無人な親子の出来上がりというわけ。

だから怒らなくていいもかもしれないし、私が体験していた『怒る』が非常に暴力的なものだったのかもしれないけれど、それにしたってダメな物はダメという機会を無くしてはダメ。

それが現在、叱らない育児をして失敗したと嘆いている先輩ママたちのネットの声の原因なのかしらと、ふと思った次第です。

叱ると怒るの違いを子育てにどう反映する?

とはいえ、やっぱり私は怒りたくないです。

怒るのってこっちも体力必要だし、精神的にも疲れるし、何より怒るってことは周囲にすごいネガティブな影響振りまくんですよ。

だから怒りたくない

しかしながらダメなもんはダメと言わなければいけない。

二律背反♪

と考えた時、実はここまでかなり意図的に『怒る』と『叱る』をごちゃまぜに書いてきました。

それぐらい私は、日常の中で怒ると叱るの区別が付いていないなと思ったんです。

調べてみたところ、簡単にですが

●怒る→感情的に物事を言う

●叱る→諭す、相手を良い方へ導く意思のもと注意をする

という意味らしいので、結構違うんですよね。

でも家庭内ではコレ、かなりごちゃまぜになりませんか。

私はぐっちゃぐちゃです。

↑の意味を調べてからは、「怒らずに叱ろう」って意識するようにしているんですが、それでも途中からは怒っていたり。

危ないことをしていて、咄嗟に怒鳴っちゃったり。

ダメって何度言ってもタンスの服を全て出しますしね。ナンデヤネン。

色々考えていると『怒らない育児』『叱らない子育て』って、ぶっちゃけネーミングをしくじったんじゃないのかなと思うんです。

叱らないわけではないんですよ、たぶん必要なのは怒鳴らないことだと思います。

だから私がネーミングするなら『脅さない育児』です。

ということで『脅さない育児』を心がけるために、最近は咄嗟でない限りは一呼吸置くようにしています。

それから粛々と「コレはダメって言ったでしょ」と言って辞めさせます。

最初は軽く、だんだん語気を強めるように、そして表情もだんだん険しくしていきます。

一歳半近くになるのですが、表情と語気から相手の環状を読み取るぐらいになってきたので、どれぐらいになったらママが怒っているのかというのはなんとなくわかるみたいです。

最初は止めないけど、徐々にヤバいなって気が付いてやめています。※あくまでうちの場合

とりあえずこの方法を取り始めてから、今のところは心は痛んでいません。

問題はダメなことをダメだと分かってくれるかどうかですが・・・。

言葉が出てきていないので、どうもやり取りができないんですよね。

もう少しモジャ子さん側からの情報発信が整うまで様子を見たいと思います。

まとめ

・・・・などと書いてとりあえず考え事をしているわけですが、実はきっかけは旦那の怒り方でした。

触ってはいけないものを触ったモジャ子に対して、怒声を上げてびっくりさせてやめさせようとしていたんですよね。

怒らない育児は確かにダメだとは思うんだけど、旦那がやっているのは完全に脅す育児なんですよ。

オバケが出るからやめなさい・おじさんが怒るからダメとか、マジで言うのでそれってどうなのー?と思ったけれど、一方で怒らない育児はそれはそれで問題なんだなーと。

だから今度は怒る方の育児はどういう結果が予想されるのか、今度はそっちの方も考えてみたいと思います。

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