大学入試はなぜ変わる?大学入試改革で求められる力と影響

心配性で先々の心配をしちゃう親のイナダです。

子供の将来が不安って言うけど、不安の正体は何なんだろう?学歴?収入?自立?いったい何が理由なんだろうか。不安の原因とその対策を考えたくて、新米ママが頭の中身を書き出して整理しました。

心配も大学のことともなればもう妄想の域なんですが、それでも2020年から変わるセンター試験については、やはりそれなりに情報は仕入れておかないとな~という感じです。

とはいえ、実は大学入試の何がどう変わるのかイマイチよく分かってない

というか情報が錯そうしていてよく分からない。

具体的な些末なところはたくさん見るんだけど、重要なところはどこなんだ??って感じなんですよね。

だから備忘録代わりに、調べたことをまとめておこうと思います。

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大学入試はなぜ変わるのか?理由や目的は何なんだ?

お国の方針なので、背後には色々とあるんでしょうけれども。

しかし大きく考えるところは『今の大学入試制度ではこれからの世界で戦っていくことができない』という点だと思います。めちゃくちゃ噛み砕いていますが。

確かに日本の大学は世界基準で考えると、最高学府の東大ですら何位でしたっけ?

10位に入れないどころの話じゃないレベル。(36位でした)

しかも世界的に見ても企業の競争力が落ちてきている。

だからどうにかしましょう、ってことでテコ入れが始まったんだろうという認識です。

そのために必要なのは何か?

まず一つ目は考える力を持った人材を大学で育成すること。

先行きが見えない情勢を乗り切る人材とはつまり臨機応変ができる人材だって言う考え方ですね。

そのためにアクティブラーニングだとかこっちもまた色々ありますが、ともかく『思考力』を持った学生を育てて行こう、と。

育てていくためには、大学生の段階から思考力を育てるんじゃなくって、思考力がある高校生を大学に入れようっていう意味で大学入試を変えるんだろうなという認識。

もう一つは高大接続

高校と大学と企業のそれぞれで求められていることと学ぶことに差異がありすぎるのが問題ではないのか?って話ですね。

なのでそれらの接続点の一つである大学入試を変更することで、高校→大学→就職というステップをよりスムーズにして企業の競争力を上げて行こうって言う算段。

・・・だっていうように私は理解しました。

細かいところは間違っているのかもしれませんが、一般人の認識なんてそんなもんです(諦め?w)

もっと頭のいい国の偉い人にとっては他の目的や理由があるのかもしれませんが・・・。

大学入試改革で求められる力とは?どう変わる?

じゃあその大学入試改革で変革があった時、求められる力はどう変わるんだろう?という点ですよね。

と、その前に、現在のセンター試験ではどういう力が求められているのかが私にはよく分からなくて、一応そちらも調べてみたんです。

まぁ一言で言うと、難問・奇問を排したオーソドックスな内容の問題で基礎的な能力を問うということですね。

詳しくは、センター試験とそれ以前に行われていた共通一次の生き証人である私の父からの聞き取りを読んでみてください。

2020年の大学入試改革がどうのという前に、現状のセンター試験がどういう経緯で何を目的として導入されたのかちゃんと理解しておいた方が良いのでは?と考え、センター試験とそれ以前の共通一次、さらにその前の共通一次が無かった時代のことを当時高校生だった父、そして30年間教職を勤めてきた両親に聞いてみました

システム的には大量の人数が受けられて(マーク式)、国公立大学だけではなく私立大学も利用できるようにしたというのが以前の試験と比べて新しくなった点だったのだと思います。

さて、そのセンター試験を今改革しようかという話になってきているわけです。

話を元に戻しますと、この過程で変わってきた『求められている力』とは何なのか?

良く言うと知識編重・暗記力過多をどうにかしようという動きなんだろう、悪く言うと全員参加の試験から応用力を測ろうとしている動きなんだろうと。

大学入試改革で新たに加えられる出題形式に記述式が存在することからも、それは明確だと思います。

「覚えて丸が付けられれば受かる」じゃない状態にしようとしているんだろうと言うことです。

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そのために、その場で受験生本人がどう考えるか?与えられた材料の中からどうやって答えを紡ぎだすのか?という点を見たい、そのための新しい大学入試の試験内容を作ったろうって言うイメージ。

さらに言うと、その高い思考力や判断力を国内だけではなく国外でも生かせるようにと、英語のテコ入れが激しいですね。

リスニングが半分を占めるようになるのは、単純に『英語が読めれば大丈夫』から脱しようとしている表れだと思います。

読めると書ける・話せるの違いは絶大です。

インプットは可能でもアウトプットが可能とは限らない、これが言語の難しいところ。

これを高校生に問おうというわけですね。

ということでセンター試験から大きく変化するであろう『求められる力』

●思考力や判断力などの知識以外の部分

●英語のアウトプット能力

この二つだと思います。

これを一次試験で問うことが、良いのか悪いのかはさておき。

センター試験廃止の影響はどういう風になるのか予想してみる

短期的な予想と長期的な予想の二つをします。

あくまで私の無い頭で考えたことなので、どうなるかは分かりませんが。

短期的な影響は、単純に受験生が対策に追われることです。

試験問題の形式が変わるっていうのはそれだけで大変なことです。

私の父は共通一次の第一回を受けた世代なのですが、やはり当時は一次が万事と言われているほど対策に追われたのだとか。

どう転ぶか分からないからこそ対策が難しい、センター試験しか体験の無い浪人生や社会人受験生はどうすればいいのか路頭に迷う。

というのが、最初の1,2年のことだろうなと。

昔リスニングが導入されたときも同じ感じでしたからね(リスニング導入第二回の受験生です)。

しかも今この時点で言うことがコロコロ変わっていますからね、大変だよね。

ただでさえ受験生振り回すんだから、分けわからんシステム導入して見通しが立たないなら導入見送ればいいのにって思うんだけど。

それはさておき、私はどちらかというと長期的な影響の方が心配です。

確かにこの大学入試改革って理想や目的は素晴らしいとは思うんですよ。

ですが、本当にこの変更点でその理想に近づけるんだろうか?ってのが問題です。

というのも、私自身が考える力を重視したAO入試の受験生だったんです。

それが蓋を開けてみたら、アカデミックで面白い奴がそろったけれどもいかんせん基礎学力が足りない。

私はさらに根性が足りていなかったので、結局研究職を諦めることにしましたが、その点を補いつつ頑張っている友人たちを見ると、基礎学力って大事だなぁって本当に思うんです。

だからもしかして、考える力を強く問うようになってしまったら、『考える力も基礎力もある人』『考える力はあるけれども基礎力が足りない人』『どちらも無い人』になって、結局全てを持っている人と欠けている人の二極化が進むだけなんじゃないのだろうかと思うんです。

まあ極端な話なんですけどね。

なので部分的には世界で戦える人材も出てくるかもしれない。

その一方でそういう人材に成れなかった大多数はどうなるんだろう?って言う不安が付きまといます。

もちろん大多数に入らないようにする努力は必要なのかもしれませんが。

最後に

結局のところ、入試を受けるのも入りたい大学を決めるのも私じゃなくって子供の方なので、情報収集はするけれども決定権は子供の方にあります。

だから落ちこぼれないようになるべく良い選択肢が選べるようにして言ってあげるのが親の仕事なんだろうな・・・と頭では分かっていますがどうなることか。

というか、今乳幼児や小学生を育てている親世代にとって、これからの十数年はどういう選択肢が取れるんでしょうか。

長い目で見て良い教育という意味の選択をしたいのですが。

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